カンボジアのソク孤児院に遊びに行ったら涙腺が崩壊した話。

どうも、名古屋の大須で奮闘する白髪の天パ「サム」こと新井康陽です。

数日間、カンボジアにいてました。

東南アジアの最貧国の1つであるカンボジアですが、近年の経済発展は目まぐるしく、街中は活気に満ちております。

(なんとビール一杯60円くらい!)

事の始まりは、昨年の暮れの忘年会で出会った初対面の大学生(今時のアカペラ系男子)の一言。

「カンボジアで国際ボランティアがしたいんすよねぇ〜」

瞬間的にカンボジアで孤児院を運営している知人が浮かんだ。

僕は正常な思考を1ミリも働かせることなく

「いいやん!行こや!」

と言っていた。

ボランティアというワードには何の関心もなかった僕だけど、ただ直感的に彼とカンボジアに行くことに決めた。

たまたま隣に「ゴリラよりゴリラに似ている」と評判のすずき☆たかやがいたので彼も誘ったところ、思考したとは到底思えない速度で「いっちゃいやしょう!」という答えが返ってきた。

カンボジアのことを語る上で絶対に外せないのが、独裁者ポルポトによる「ポルポト政権」だ。

彼は、

「知識ある人がいるから、争いが起こるんじゃない?知識ありそうな人皆殺しにして原始時代みたいな平等な国つくろう」

と考えました。

そこで彼は国民に向けて

「国をこれからマジで良くするから、知識ある人、医者とか職人とか教師の皆さん。力を貸してくれ!」っていう呼びかけを行い、

なんと集まった知識人を1人残らず虐殺しました。

完全に歯止めが効かなくなったポルポトは、

「あ、眼鏡かけてるから多分頭いいよね。殺すね」

「海外行ったことある?それなら知識人じゃん。殺すね」

「え?イケメンじゃん。殺すね」(もはや意味不明)

とんでもない勢いで次々と自国の人間を虐殺していきました。

ちなみに虐殺をしていた兵士の平均年齢は13歳くらい。

彼らの正常な感情を奪うために実の両親を殺させ、自分で思考する力を奪われた少年兵達は虐殺を繰り返し、

たった数年で800万人足らずの小さな国の200〜300万人が殺されました。

これがたった35年前の出来事。

カンボジアは鎖国制度を取っていたため、情報がなかなか漏れず、

「いやいや、このご時世にそんなクレイジーな虐殺する奴いねぇだろ。」

と思われ世に明るみに出るまで随分時間がかかったそうです。

カンボジアは本当にいい国です。笑顔と活気に満ちていて旅行客にもとても親切(東南アジアは詐欺やボッタクリが当たり前くらいの勢いで横行してるけどカンボジアは本当に少ない)

だけど、40代以上の人にとっては当時の震え上がるような凄惨な出来事が今も記憶に残っています。

そんなカンボジアで2日ほど徹底的に遊びたおし、観光地をまわりまくって夜はナイトマーケットに行って買い物をし、夜はグズグズになるまで飲んだ。

3日目に知人である後藤勇太さん(https://tsunagu-youme.com/)が運営する「ソク孤児院」という場所を訪ねると、数人の子ども達がお出迎え。

簡単な自己紹介をしていると

「セン」という女の子が、

「わたしにはお母さんしかいません。お父さんも弟も亡くなりました。だからわたしはここでたくさん勉強して先生になってお母さんを幸せにしたいです」

まん丸な目からポロポロ涙を落としながら、センは話してくれました。

僕らのたくさんの「当たり前」がその空間にはなかった。

しばらく話をしていると、突然ヨーロッパ系のファミリーが車で孤児院の敷地内に入ってきました。

勇太さんが対応すると、どうやらボランティアをしに来たらしい。

どうやらアポなしでボランティアが訪れることがよくあるそうで、そのファミリーは一方的に英語を2〜30分教えると満足して帰っていった。

ソク孤児院のオーナー「ソクさん」は元々孤児で、彼の方針により訪れた人は手厚くもてなすというルールがある。

突然訪れたボランティアの人たちを迎え入れるため、孤児の子ども達が急遽学校を休むこともあるそうです。

10人以上がギュウギュウになって眠る部屋に大量の服が送られてきて処分に困ることがあったり、ボランティアの人が特別ひいきした子どもにあげたiPhoneが原因で他の子ども達との確執を生む。

「カンボジアで学校つくろう」と支援金を集めて学校が建てられても、ほとんどの学校は建てられた後放置される。

勇太さんは、ボランティアするということは本当にデリケートで覚悟がいることだと教えてくれました。

勇太さんもある家族に仕事をあげるとその家族が他の家族からいじめられ、そこに住む全ての人に仕事をあげると、次は綺麗に作れる人がいじめられたそう。

相手の状況を徹底的に理解した上で、やるなら全員に、やるからには継続する。後藤勇太さんが運営することを決意したのもとてつもない覚悟があってのことでした。

数年前、ソクさんが借金をしてでも守り続けてきた孤児院がとうとう解散寸前まで追い込まれました。カンボジアでは家賃を滞納すると即強制退去。

後藤勇太さんはカンボジアでボランティアを続けると同時にボランティアという行為のリアルと責任を知り、

その上で「孤児院の子ども達全員の父親になろう」と決意したそうです。

普通の感覚で出せる答えじゃない。徹底的に考え抜いた結果、尋常じゃない責任感と覚悟を持ってして引き受けたのだと思う。

孤児院を運営するというのは、そこの家賃・食費・学費など全てを運営者が支払うということ。文字通り35人の子ども達を「養う」ということ。

孤児院には当然キャッシュポイントはなく、勇太さんは朝から晩まで働き、孤児の子ども達には自分の力で生きていけるようにアクセサリーの作り方や自分で商品を生み出す方法を伝えています。

孤児院の運営をはじめて数年。勇太さんは現地で知り合った日本人の女性と結婚し、今年息子さんも生まれました。

勇太さんは、

「こうやって訪れてくれるだけでも十分ボランティアになる。いろんな人を連れてきてほしい。子ども達の未来の選択肢が増えるような出会いを増やしたい」

と話してくれました。

ちなみに、この時点で一緒に来ていたデリケート肌のすずき☆たかやは

8回以上号泣していました。

来る前に「なんかカンボジアで一回くらい泣く気がするわ〜」とか言ってたのですが、ノンストップで初日から泣いてました。

そこからはもうフルスロットルで子ども達と遊びまくり。

シャイな子ども達が最終的にはビックリするくらい笑顔になってました。

孤児院には親がいない孤児もいますが、満足に学校に行かせてあげるお金がないので孤児院に自分の子どもを預ける親もいます。

孤児院には、温かい食事も学校に行ける環境もあります。

だけど親の中には「お金も働く場所も学ぶ場所もない。だけど家族で一緒に住めることが私達にとって一番の幸せ」という価値観もあります。

そんな人達は貧しくてもスラム街の集落に住んで、ゴミを拾って家族一緒に生計を立てています。

僕達はそんなスラムの集落を訪れました。

ゴミに溢れ、地面は青色に滲んでいました。

1キロのゴミを売って300リエル(7.5円)

勇太さんはここに通い続けていた時期があったそうです。

病院に行くお金がない彼らは風邪をひいただけでも命に関わる問題で、勇太さんは当時そのお金を工面していました。

1人の母親が毎日のように「子どもが風邪をひいたからお金をちょうだい」と言うようになりました。

他の家族から「あの母親は嘘をついてる」と教えられた勇太さんは、その母親にお金を渡すのを断った日がありました。

次の日、その子どもが死にました。

その時ばかりは本当に風邪をひいていたようです。

その日から勇太さんは「人殺し」と呼ばれるようになりました。

僕はこの話を聞いていたたまれなくなりました。どこにも感情のやり場がない詰まったポンプのような、怒りでも悲しみでもない濁った感情におそわれました。

勇太さんはそんな事があっても、いまだにここを訪れます。

今ではだいぶ関係も良くなったようですが、僕なら確実に心がへし折れてます。

僕はひとまず脳内の全シナプスを停止させ、

子ども達と遊ぶことにしました。

それにしても、スラムの子供たち可愛すぎ。

ある子どもの母親が僕らの目をしっかり見て、

「あなた達日本人は幸せ?」

と聞きました。

日本人は幸せなのかな?って一瞬考えました。生活の水準は遥かに高いレベルにある日本。よっぽどのことがない限り飢えて死ぬことはない日本。

だけど、今この瞬間に「幸せです」って答えられる日本人はどれくらいいるんだろうか。

母親は続けました。

「私たちは幸せよ。

家族がいるから。

生活はとても辛い。

辛いけど幸せ。

家族と一緒にいれるから。

幸せも辛いもイコールなのよ。」

文字が読めず、もちろん書くことが出来ない人の言葉。彼女の言葉には確かな哲学があった。彼女の言葉がとても力強かった。

そして、その後僕の目をじっと見て、

「あなた、お寺の人??」

と聞かれました。僕はチンピラみたいな柄シャツを着てパツ金でしたが、なぜか「お寺の人」という疑惑をかけられました。

さらに、

「あなたの瞳から龍を感じる。とっても不思議な感覚がするわ」

と、まるで壮大なRPGの幕開けみたいな言葉をいただきました。

残念ながら、龍の力に目覚める気配は1ミリもありません。

最終日、孤児院の子どもたちがコーディネートする素敵な部屋に泊まらせていただきました。

そして、帰りの空港までを勇太さんが原チャに乗せて送ってくれました。(カンボジアは原チャに乗れるだけ乗っていいという法律があるそう!)

起きていた孤児院の子ども達のほとんどが、空港までお見送りしてくれました。

恥ずかしがり屋でいつも遠くから笑顔を見せてくれるシナは手描きの絵をくれました。

一緒にダンスをして遊んだティアからもらったのは1.5ドルのマグネット。

カンボジアは大人でも時給が0.3ドル程度。

ティアは両親をHIVで亡くし、他の兄弟も母子感染で亡くなっています。ティアだけが感染していませんでした。

カンボジアではHIVの人は「悪魔」と呼ばれ、家も何もかも燃やされるそうです。

ティアの家は燃やされ、戸籍も何もかも失い、国としても「存在していない」ことになっています。

パスポートも作れず、永遠に日本に来ることは出来ません。

そんな境遇にある10代半ばのティアが、1.5ドルのマグネットを買うためにどれだけの苦労が必要か想像すると、目から勝手にポロポロと涙がこぼれ落ちました。

隣にいたすずき☆たかやはもうシワシワになるまで泣いていました。

きっと僕はまたカンボジアを訪れる。本当にありがとう。

新井 康陽

名古屋でビル一棟プロデュース「TOLANDプロジェクト」 2Fには昼はカフェ、夜はコミュニティBAR「TOLAND」を経営。同スペースにスナック『キャンディ』名古屋も併設。 4Fにはクリエイター&イベントスペース「TOLAND クラフトの森」 5Fには新感覚コワーキングスペース「minna no kaisha」を運営。 TO JOIN(繋がる) TO SHARE(共有する) TO EVERYONE(みんなで)が理念。

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